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札幌高等裁判所 昭和51年(ネ)155号 判決 1977年3月30日

控訴人兼附帯被控訴人

栗中工業株式会社

右代表者

栗中孝

右訴訟代理人

山根喬

外一名

被控訴人兼附帯控訴人

上山試錐工業株式会社

右代表者

上山博明

右訴訟代理人

杉之原舜一

主文

一  原判決を左のとおり変更する。

(一)  控訴人兼附帯被控訴人は、被控訴人兼附帯控訴人に対し、金一〇三万一二〇〇円及び内金三五万円に対する昭和四九年一二月一四日から、内金六八万一二〇〇円に対する昭和五〇年一一月七日から各完済に至るまで年六分の割合による金員を支払え。

(二)  被控訴人兼附帯控訴人のその余の請求を棄却する。

二(一)  控訴人兼附帯被控訴人は、被控訴人兼附帯控訴人に対し、金五〇〇〇円及びこれに対する昭和五一年一二月一四日から完済に至るまで年六分の割合による金員を支払え。

(二)  被控訴人兼附帯控訴人の当審での新請求中のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、第一、二審とも控訴人兼附帯控訴人の負担とする。

四  この判決は、主文第一、二項の各(一)に限り、仮に執行することができる。

事実

第一  当事者双方(以下、控訴人兼附帯被控訴人を「控訴人」、被控訴人兼附帯控訴人を「被控訴人」という。)の求めた裁判

一、控訴人

(一)  控訴の趣旨

原判決中、控訴人敗訴部分を取消す。

被控訴人の請求(当審での新らたな請求を除く)を棄却する。

(二)  附帯控訴の趣旨に対する答弁

被控訴人の本件附帯控訴を棄却する。

被控訴人の当審での新らたな請求を棄却する。

(三)  訴訟費用は、第一、第二審とも被控訴人の負担とする。

二、被控訴人

(一)  控訴の趣旨に対する答弁

控訴人の本件控訴を棄却する。

(二)  附帯控訴の趣旨

1 原判決を左のとおり変更する。

(主位的請求として)

控訴人は、被控訴人に対し、金一〇三万一二〇〇円及びこれに対する昭和四九年一二月一日から完済に至るまで年六分の割合による金員を支払え(当審において上記限度に請求を減縮)。

(予備的請求として)

控訴人は、被控訴人に対し、金一〇三万一二〇〇円を支払え(当審において上記限度に請求を減縮)。

2 (当審での新たな請求として)

控訴人は、被控訴人に対し、金五〇〇〇円及びこれに対する昭和四九年一二月一四日から完済に至るまで年六分の割合による金員を支払え。

(三)  訴訟費用は、第一、二審とも控訴人の負担とする。

(四)  仮執行の宣言。

第二  被控訴人の請求原因

一、主位的請求(当審での新たな請求を除く)の原因

(一)  被控訴人は、各種さく井工事その他の事業を行つている会社であり、控訴人は、砂利採取販売の事業を行つている会社である。

(二)1  被控訴人は、昭和四九年六月二五日、控訴人との間で、被控訴人は、控訴人に対し、左記(イ)ないし(ハ)の工事完成ないし物品納入を約し、控訴人は、被控訴人に対し、その対価たる契約代金として金二三〇万円を支払うことを約した契約(以下、この契約を「本件契約」という。)を締結した。

(イ) 雨竜郡沼田町沼田北竜の控訴人所有の土地に深さ八〇メートルの井戸を掘る工事。この工事は、口径一〇〇ミリメートルのパイプを、右の深さまで地中に挿入し、泥水を汲取つて、水質検査を了するまでのものである。(以下、これを「本件さく井工事」という。)

(ロ) 水中モーターポンプ一式(川本製TUN―四〇五―一五)を納入し、これを右井戸へ取付ける工事(以下、これを「本件ポンプ納入・取付工事」という。)

(ハ) 圧力タンク一基を納入すること(以下、これを「本件タンクの納入」という。)

2  本件契約においては、次のことが特約された。

(1) 右工事及び物品の納入は、昭和四九年七月一日に着工し、同年八月五日までに完成、完了すること。

(2) 契約代金二三〇万円は、着工時に金三〇万円、昭和四九年七月二五日に金三五万円、同年八月から同年一二月まで毎月二五日限り金三三万円宛分割して支払うこと。

(三)  被控訴人は、昭和四九年七月一日頃、本件さく井工事に着工し、同月二五日頃これを完成した。

(四)1  本件さく井工事は、控訴人所有の土地に、被控訴人所有のパイプ等を従として附合させたものであるから、右工事によつて出来た井戸は、被控訴人が付属せしめたパイプ等とともに、控訴人に対する引渡をまたずして控訴人の所有になつたものである。

2  被控訴人は、本件さく井工事完了後間もない頃、本件契約で約束したとおり、水中モーターポンプ一式を控訴人に納入すべく右井戸の近くに搬入して本件ポンプ取付工事をなさんとしたが、控訴人は、右井戸から飲料に適する水が出ないとの理由を構えて右物件の受領を拒んだ。

また、控訴人は、本件契約代金中、前記着工時に支払うべきものとされていた金三〇万円を同年七月二四日に支払つたのみで、その後に支払うべき前記契約代金の支払については、前記井戸から飲料に適する水が出ないとの理由を構えてその支払を拒んだ。

そこで、被控訴人は、やむを得ず、前記水中ポンプ一式を引揚げざるを得なかつたものであり、そのため本件ポンプ取付工事はしていない。

3  以上のような事情のもとにおいては、被控訴人は、たとえ本件契約によつて控訴人に対してなすことを約した工事や物品の納入を全部完了していないとしても、控訴人に対して、本件契約代金中、本件さく井工事請負代金相当分の支払を求めることができるものというべきである。

(五)  仮に、前記(四)の主張が認められないとしても、被控訴人は、次のとおり主張する。

1 本件契約は一個の契約であるが、本件契約において被控訴人が控訴人に対してなすことを約した本件さく井工事と本件ポンプ納入・取付工事と本件タンク納入は、それぞれに分割しうるものである。

2 被控訴人は、本件さく井工事完成後の昭和四九年一一月九日頃控訴人に到達した内容証明郵便をもつて、本件契約代金中本件さく井工事請負代金相当分の残金一〇四万四〇〇〇円(これが実際よりも若干多いのは被控訴人の計算違いに因るものである。)を同月三〇日までに支払うよう催告したが、控訴人は、右期間内に右支払をしなかつた。

そこで、被控訴人は、昭和五〇年一一月六日午前一〇時の本件原審第六回口頭弁論期日において、控訴人に対して、本件契約のうち被控訴人がいまだ履行していない本件ポンプ納入・取付工事を約した部分と本件タンク納入を約した部分とを解除する旨の意思表示をした。

3 よつて、本件契約のうち右解除にかかる部分は失効し、本件契約のうち有効に存続するのは本件さく井工事請負部分のみとなつたが、被控訴人が右工事を既に完成したこと、右工事はいわゆる物の引渡を要しないものであることは、いずれも前に述べたとおりである。したがつて被控訴人は控訴人に対して、本件契約代金中、本件さく井工事請負代金相当分の支払を求めることができるものである。

(六)  ところで、本件契約代金二三〇万円のうち、本件さく井工事の請負代金相当部分は金一四一万一二〇〇円である。その算出根拠は、次のとおりである。本件さく井工事の完成のために直接に要した費用は金一〇八万三〇〇〇円である。右工事の完成のために間接に要した経費(工事監督者の賃金、交通費、通信費、経理・技術関係の社員の賃金)は金二八万三二〇〇円である。右工事用の機械、材料の運搬費(さく井用機械道具類の往復運搬費、使用パイプの運搬費)は金四万五〇〇〇円である。以上の各費用の合計金額は金一四一万一二〇〇円になる。しかして、被控訴人は、控訴人に対して、前記金一四一万一二〇〇円の内金八万円を値引して免除した。被控訴人が控訴人から本件契約代金のうち金三〇万円の支払を受けたことは、前述のとおりである。したがつて結局、被控訴人は、控訴人に対して本件契約代金中、本件さく井工事請負代金相当分の残金一〇三万一二〇〇円を請求することができるものである。

(七)  被控訴人は、昭和四九年一一月九日頃、控訴人に到達した内容証明郵便をもつて、本件さく井工事請負代金相当分の残金として金一〇四万四〇〇〇円を同月三〇日まで支払うよう催告したことは前述のとおりである。

(八)  よつて、被控訴人は、控訴人に対して、前記金一〇三万一二〇〇円及びこれに対する前記催告にかかる期間の経過した後であつて、本件訴状が控訴人に送達になつた日の翌日である昭和四九年一二月一四日から完済に至るまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二、予備的請求の原因

仮に、被控訴人の前記主位的請求が認められないとしても、被控訴人は、次のとおり主張する。

(一)  被控訴人が、昭和四九年一一月九日頃控訴人に到達した内容証明郵便をもつて、本件契約代金中、本件さく井工事請負代金相当分の残金一〇四万四〇〇〇円を同月三〇日までに支払うよう催告したが、控訴人は、右期間内に右義務を履行しなかつたことは前述のとおりであるが、被控訴人は、昭和五〇年一一月六日午前一〇時の本件原審第六回口頭弁論期日において、控訴人に対し、本件契約を解除する旨の意思表示をした。

よつて、本件契約は、右解除によつてすべて失効したものである。

(二)  ところで、控訴人の右代金支払債務の不履行により本件契約が解除されなかつた場合には、被控訴人は、前述のとおり本件さく井工事を完成したことにより本件契約代金中、右工事請負代金相当分として金一四一万一二〇〇円を控訴人から支払を受けることができたものであり、この内金八万円は値引したので結局金一三三万一二〇〇円の支払を受けることができたものであるが、本件契約が右のとおり解除されたことにより被控訴人は、右の支払を受ける権利を喪失し、右と同額の損害を被つた。そして、右解除が控訴人の前記のような債務不履行によるものである以上、被控訴人の被つた右損害は、ひつきよう、控訴人の前記債務不履行に因るものというべきであり、したがつて、控訴人は、被控訴人に対し、右損害を賠償する義務がある。

他方、被控訴人は、控訴人から本件契約代金の一部として受領した金三〇万円を、右解除により控訴人に返還する義務を負つたのでこれを右損害賠償債権と対当額で相殺すると、右損害賠償債権の残額は金一〇三万一二〇〇円となる。

(三)  よつて、被控訴人は、控訴人に対し、右金一〇三万一二〇〇円の支払を求める。

三、当審での新らたな請求の原因

(一)  被控訴人が、本件さく井工事完了後、間もない頃、本件契約で約束したとおり、水中モーターポンプ一式を控訴人に納入すべく、被控訴人のさく井した井戸の近くに搬入して本件ポンプ取付工事をなさんとたが、控訴人が右井戸から飲料に適する水が出ないとの理由を構えて右物件の受領を拒み、また、そのなすべき本件契約残代金の支払もしなかつたため、被控訴人がやむを得ずこれを引揚げざるを得なかつたことは、既に述べたとおりであるが、被控訴人は、右物件を札幌市の被控訴人の事務所から沼田町の本件工事現場まで搬入し、同所から札幌市の被控訴人の事務所に引揚げたものである。

被控訴人は、右物件の右搬入、引揚のためにその運搬費として金五〇〇〇円を支出し、右と同額の損害を被つた。そして、本件契約のうち、少くとも本件ポンプ納入・取付工事をなすことを約した部分が控訴人の本件契約残代金不払のために、その後解除されたことは、前述のとおりであるから、控訴人は、被控訴人に対し、被控訴人の被つた右損害を賠償すべきである。

(二)  よつて、被控訴人は、控訴人に対し、前記の損害金五〇〇〇円及びこれに対する本件訴状が控訴人に送達になつた日の翌日である昭和四九年一二月一四日から完済に至るまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

第三  請求原因に対する控訴人の認否<省略>

第四  主位的請求に対する控訴人に対する控訴人の抗弁<省略>

第五  控訴人の抗弁に対する認否<省略>

第六  証拠関係<省略>

理由

第一被控訴人の主位的請求について

一(一)  被控訴人は、各種さく井工事その他の事業を行つている会社であり、控訴人は、砂利採取販売の事業を行つている会社であることは当事者間に争いない。

(二)  被控訴人と控訴人との間に、被控訴人主張の契約が締結されたか否かについて判断する。

<証拠>を総合すると、次の事実を認めることができる。

1 被控訴人は、昭和四九年六月二五日、控訴人との間で、被控訴人は、控訴人に対し、左記(イ)ないし(ハ)の工事完成ないし物品の納入をすることを約し、控訴人は、被控訴人に対し、その対価たる代金として金二三〇万円を支払うことを約した契約を締結した(以下、右契約を「本件契約」といい、右代金を「本件契約代金」という。)右契約代金二三〇万円は、さく井工事費金一〇八万三〇〇〇円、水中モーターポンプ代金五六万一〇〇〇円、同上取付工事費金三万円、圧力タンク代金三六万五〇〇〇円、運搬金五万円、諸経費金二九万一〇〇〇円とする被控訴人の見積費用等の合計金二三八万円から被控訴人が金八万円の値引をしたことにして決定されたものであつた。

(イ) 雨竜郡沼田町沼田北竜の控訴人所有の土地に深さ八〇メートルの井戸を掘る工事。この工事は、口径一〇〇ミリメートルのパイプを、右の深さまで地中に挿入し、泥水を汲取つて、水質検査を了するまでのものである(以下、これを「本件さく井工事」という。)

(ロ) 水中モーターポンプ一式(川本製TUN―四〇五―一五)を納入し、これを右井戸に取付ける工事(以下、これを「本件ポンプ納入・取付工事」という。)。

(ハ) 圧力タンク一基を納入すること(以下、これを「本件タンクの納入」という)。

2 本件契約においては、次のとおりの特約がなされた。

(1) 右工事は、昭和四九年七月一日に着工し、同年八月五日までに完成し、物品の納入も同日までに完了すること。

(2) 右契約代金二三〇万円は、着工時に金三〇万円、昭和四九年七月二五日金三五万円、同年八月から同年一二月まで毎月二五日限り金三三万円宛分割して支払うこと。<証拠判断省略>

(三)  控訴人は、本件契約は、飲料水を湧出させることを目的とし、被控訴人において、飲料に適する水が湧出することを保証する旨の特約があつた旨主張するので、この点について判断する。

1 <証拠>を総合すると、次の事実を認めることができる。

(1) 被控訴人は、昭和三五年四月一日、各種地質調査、各種さく井工事、測量調査設計その他これに付帯する事業を行うことを目的として設立された会社で(被控訴人会社の事業内容については当事者間に争いない。)、その営業範囲は北海道全域であり、会社設立以来、六〜七〇〇本位のさく井工事を請負しているものである。

(2) 被控訴会社は、昭和四八年一一月八日、沼田町との間で、沼田町沼田第一工業団地に口径一〇〇ミリメートルのケーシングパイプ及びストレーナーを深さ八〇メートルまで挿入降下させて井戸を掘り、湧水の増進と井戸水の清澄に努めたうえ、揚水・水質試験を完了することを内容とするさく井工事請負契約を締結して、同年一二月末頃までに完成し、また、昭和四九年五月一四日、株式会社キヨウコンとの間で、雨竜郡沼田町字沼田の同会社の所有地内に口径一〇〇ミリメートルのケーシングパイプ及びストレナーを、深さ九〇メートルまで挿入降下させて井戸を掘り、揚水試験、水質検査を完了することを内容とするさく井工事請負契約を締結し、同年六月二五日頃これを完成した。

(3) 他方、控訴人は、砂利の採取販売、砕石の生産販売等を目的として設立された会社であり(控訴人会社の事業内容については当事者間に争いない。)、雨竜郡沼田町字北竜に会社の事務所、車庫、従業員の社宅等を有していたが、沼田町北竜附近の水が悪いうえ、上下水道はしばしば故障し、冬には断水も多かつたところから、かねてより、飲料水の湧出する施設を設けたいと思つていた。控訴人の代表者栗中孝は、昭和四九年六月頃、所用のため沼田町の株式会社キヨウコンに訪れたところ、同社の所有地内でさく井工事が実施されており、地下水が自噴していることを現認したので、控訴人会社としても、自社の所有地に井戸を掘つて飲料水を得たいと考え、その場で工事関係者に対し、株式会社キヨウコンの工事が終了したならば、控訴人会社の井戸を掘る工事をしてほしい旨述べ、たまたま工事責任者が不在であつたため、後日責任者を控訴人会社に寄こしてほしい旨依頼した。

(4) 被控訴人会社の技術課長である村井良範は、株式会社キヨウコンのさく井工事の関係者から、株式会社キヨウコンのさく井工事が完了したら控訴人会社の井戸を掘つてほしいとの依頼があつたことの報告を受けたので、昭和四九年六月二五日頃、控訴人会社に赴き、控訴人会社の代表者の栗中孝と面談した。そして、右栗中孝は、村井良範との面談の席上、右村井に対し控訴人会社の事務所や社宅のある沼田町字北竜附近は水が悪く飲料水に困つているので飲料水に適するような地下水が湧出する井戸を掘つてほしいと思つている旨述べたところ、これに対し右村井は、もともと沼田町の地下水の水質がよくなく、被控訴人会社が昭和四八年末頃沼田町の工業団地(本件さく井工事地点から約二キロメートル離れている。)において深さ約八〇メートルの井戸を掘つた際、飲料に適する地下水の湧出をみたが、昭和四九年六月に株式会社キヨウコンから依頼されて井戸を掘つたときには飲料に適する地下水が湧出しなかつたことなどを説明し、深さ八〇メートル掘れば水が出るでしようとは、述べたが、附近の土地についての地質調査等の資料もなかつたので、八〇メートル掘れば必ず飲料に適した地下水が湧出するとの確信はもてなかつたので、そのまま飲料に適した水が必ず湧出するとは言明せず、飲料に適さない水が湧出するかも知れないことをも示唆した。しかし、右栗中孝は、右村井の右の話から、八〇メートルも掘れば、飲料に適した地下水が恐らく湧出するものと思い込み、被控訴会社に対し本件さく井工事をしてくれと申込んだ。右村井としては八〇メートル掘つてみて若し湧出する水の水質が悪かつたら、除鉄装置をつけるなり、さらに掘り下げるなどして解決すればよいと考えたので、控訴人会社の右申込みを受諾した。

(5) さく井業界にあたつては、顧客が飲料適水の湧出することを欲してさく井を依頼する場合であつても、地下水の水質の推定は極めて困難であるところから、顧客に対して一般には水質を保証せず、さく井の結果、飲料適水が湧出しない場合には、別途契約を締結し、浄化装置をつけるかさらに増し掘りをするなどして、飲料に適する地下水を得るようにするのが通例であり、特に特段の事情があつて業者が水質を保証するときは、その旨を契約書に特記するようにしているものであり、被控訴人会社としても会社設立以来このような例によつている。また、被控訴人会社は会社設立以来すでに七―八〇〇件のさく井工事を請負つたことがあるが、顧客に水質を保証したことは一度もなく、水量の保証をしたのも昭和四九年五月一八日にホクレン農業協同組合連合会から請負つた一件のみであり、その際には、工事請負契約約款の末尾に水量保証の条項を設けて特記している(甲第七号証契約書第三二条)のに、本件契約の締結の際に作成された本件工事請負契約書(甲第一号証)には水質保証について何の記載もなされなかつた。

2 <証拠>中、前記認定に反する分は、前掲各証拠に照らしてたやすく採用し難く、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

3 前認定の事実によれば、昭和四九年六月二五日控訴人と被控訴人間で締結された本件契約において、被控訴人が本件さく井工事によつて飲料に適した水が湧出することを保証したものと認めることは困難であり、被控訴人が右のような保証をする旨を特約したという控訴人の前記主張は採ることができない。

(四)  ところで、前記(二)の1に認定したところによれば、被控訴人と控訴人間で締結された本件契約は、その代金を金二三〇万円とする一個の契約ではあるが、本件契約のうち、被控訴人が本件さく井工事をなすことを約した部分は、被控訴人が自己の材料と労務をもつて井戸掘り工事を完成することを約し、控訴人がこの井戸掘り仕事の完成に対し報酬を支払うことを約したという内容のものであるから、これは請負契約たる性質を有するものであり、また、被控訴人が本件ポンプ納入・取付工事をなすことを約した部分も、被控訴人が自己所有の水中モーターポンプ一式を自己の道具と労務によつて右井戸に取付けることを約し、控訴人がこれに対し報酬を支払うことを約したという内容のものであるから、これも請負契約たる性質を有するものであり、さらに、被控訴人が本件タンクの納入を約した部分は、被控訴人が自己の所有である圧力タンク一基の所有権を控訴人に移転することを約し、控訴人がこれにその代金を支払うことを約したという内容のものであるから、これは売買契約たる性質を有するものと認められる。したがつて、本件契約は、本件さく井工事及びポンプ納入・取付工事についての請負契約部分と圧力タンクについての売買契約部分とよりなる混合契約であるとみるのが相当である。しかし、前記(二)の1に認定したところによれば、本件契約においてその主要部分をなすものは本件さく井工事及び本件ポンプ納入・取付工事の請負契約部分であることは明らかであるから、本件契約については、民法の請負の規定が適用ないし準用されるものと解するのが相当である。而して本件契約における本件さく井工事は、控訴人の所有地に被控訴人がその所有のパイプ等を挿入し、これを右土地に附合せしめながら井戸を掘るものであつて、右工事はこれを完成すれば足りるし、また、本件ポンプ納入・取付工事は、被控訴人がその所有の水中ポンプをその掘つた井戸に取付ければ足りるものであつて、いずれも、仕事完成後に仕事の目的物を控訴人に引渡すことを要しないものである。本件契約代金の支払方法についての前示の特約についていえば、前判示の工期等についての特約に照らすと、控訴人が被控訴人の着工時に支払うべきものとされた金三〇万円及び昭和四七年七月二五日に支払うべきものとされた金三五万円は、被控訴人において本件契約によつてなすことを約した前記工事完成等の給付を完成、完了する前にその支払をなすべく特約されたものと解されるが、同年八月から同年一二月までの毎月二五日限り支払うべきものとされた金三〇万円宛については、被控訴人が本件契約に基づいてなすべき工事完成等の給付をすべて完成、完了した後に支払われるべきものとしてその支払期日が特約されたものと認めるを相当とするので、たとえ右特約による支払期日が到来しても、民法六三三条但し書を適用ないし準用して、被控訴人が本件契約によつてなすべく約した前記工事完成等の給付を全部完成、完了した後でなければ、控訴人に対して、その支払を求め得ないものと解するを相当とする。

二次に、被控訴人は、本件契約に基づくさく井工事を完成したか否かについて判断する。

(一)  <証拠>を総合すると、被控訴人は、昭和四九年七月一日頃、控訴人会社の指示を得ながらさく井場所を選定したうえさく井工事に着手し、同月二一日頃までに契約規格である口径一〇〇ミリメートル、深さ八〇メートルの井戸の掘さくを完了し、控訴人にその旨通知したこと、被控訴人は、同月二三日から翌二四日にかけてコンプレツサーを使用して泥水汲取、揚水・水量の検査を実施したが、右揚水・水量検査に立会つていた控訴人会社の専務取締役である栗中弘から湧出する地下水の水質が悪いようだから見てほしいとの連絡を受けたこと、そこで、被控訴人が同月二六日頃コンプレツサーで揚水して水質を検査した結果、湧出した地下水には五ピー・ピー・エム(PPM)以上の鉄分が含まれていることが判明したこと、その後、被控訴人は、同月三〇日頃までの間にストレーナ(帯水層からパイプに水を取入れる器具で穴のあいたもの)の位置を上下に移動させながら水質検査を続けたが、ストレーナから吸上げた地下水には鉄分が含まれていて飲料に適しないものであることが確定的となつたこと、結果は右のとおりであつたが、被控訴人はその掘つた井戸から湧出する地下水の水質検査を遅くとも昭和四九年八月初め頃までには完了したことが認められ、以上の認定に反する証拠はない。

(二)  以上認定の事実によれば、被控訴人は遅くとも昭和四九年八月初め頃までには、本件契約で請負つた本件さく井工事を完成していたものと認めるのが相当である。

三そこで、控訴人の本件契約解除の抗弁について検討する。

右抗弁として控訴人は、被控訴人が本件契約においてそのさく井する井戸から飲料に適する水が湧出することを保証する旨特約したに拘らず、被控訴人のさく井した井戸から飲料に適する水が湧出しないことが判明したので、昭和四九年一一月六日到達の書面で被控訴人に対し本件契約の履行不能を理由としてこれを解除する旨の意思表示をした旨主張する。被控訴人のさく井した前記井戸から飲料に適する水が湧出しなかつたことは、前認定のとおりであり、右解除の意思表示がなされたことは当事者間に争いがないが、本件契約に右主張の如き水質保証の特約があつたと認めることができないことは前記一の(三)に判示したとおりであるから、被控訴人のさく井した井戸から飲料に適する水が湧出しなかつたからといつて、本件売買契約が履行不能に帰したものということはできず、したがつて、控訴人の右解除の意思表示は、無効であるといわなければならない。

よつて、控訴人の右抗弁は採用できない。

四そこで、被控訴人が本件契約代金中、金一〇三万一二〇〇円を控訴人に支払請求することができるか否かについて検討する。

(一)  本件契約において特約された契約代金二三〇万円の支払方法は、前記一の(二)の2に判示のとおりであるが、被控訴人が控訴人から着工時に支払を受けることとされた金三〇万円の支払を受けたことは被控訴人の自陳するところであり、<証拠>によると被控訴人が右金三〇万円の支払を受けたのは昭和四七年七月二四日であつたことが認められる。

本件契約代金中、被控訴人が昭和四七年七月二五日に支払を受けることになつていた金三五万円については、本件契約による被控訴人の請負工事等の完成、完了前に支払われるべきものとしてその支払期日が特約されたものと認められること前判示のとおりであるから、本件契約による被控訴人の請負工事等が完成、完了したか否かを問うまでもなく、右期日の到来とともにその履行期が到来したものというべく、同日の経過とともに控訴人は、その支払につき履行遅滞に陥つたものといわなければならない。

なお、本件契約がその後において、被控訴人によつて一部解除されたことは、後示(三)で判示するとおりであるが、それによつて前段に示した判断が左右されるものでないことは、後示(三)に判示したところによつて明らかである。

(二)1  ところで、被控訴人は、遅くとも、昭和四九年八月初め頃までには、本件契約で請負つた工事のうち本件さく井工事を完成したこと、右工事によつてさく井した井戸から湧出する水には鉄分が多く含まれすぎていて飲料水として適しないものであつたことは前判示のとおりであるが、<証拠>を総合すると、被控訴人会社の村井としては、本件さく井工事によつて掘つた井戸から湧出する水が水質検査の結果、そのままでは飲料に適しないことが判明したときに、湧出する地下水の量は豊富であつたので除鉄装置を設置して除鉄すれば、飲料用として使用することができると考えたこと、それで同年八月五日頃、除鉄装置設置費用の見積書を持参して控訴人会社を訪ね、控訴人会社の代表者に対し除鉄装置を設置するようすすめたところ、控訴人会社の代表者は、除鉄装置の設置費用が高額であるから除鉄装置を設置する意向のないことを表明したこと、そこで、右村井は、控訴人会社の代表者に対し、除鉄装置を設置する代りにあと五〇メートルでも二〇〇メートルでも増掘りしてはどうかとすすめたところ、控訴人会社の代表者は増掘りすることについては賛成したものの、増掘りして水質のよい地下水が湧出した後で費用をどうするか決めようと提案して来たこと、右村井としては、増掘りをする費用については折半にするか値引するかを考慮するが、とりあえず現状においてさく井工事費を清算して支払つてもらいたい旨申入れたこと、しかし、控訴人会社はこれに全く応ぜず、本件契約代金中、昭和四七年七月二五日に支払うべきであつた金三五万円の支払をも拒んだこと、そこで、被控訴人としてはこれ以上に水中ポンプ取付の工事を進めても控訴会社から代金の支払を受けられる見込みがないものと考えて、本件さく井工事完成の段階において爾後の工事を中止し、同年七月下旬頃に本件さく井工事現場に運び込んでいた水中モーターポンプその他の機械、機具を同年八月初め頃までに札幌市内の被控訴人会社事務所に持ち帰り、また、圧力タンク一基は納入しなかつたこと、以上の事実を認めることができる。<証拠判断省略>

2  右認定の事実によれば、被控訴人は、本件契約に基づいてなすべきことを約した請負工事等のうち、本件さく井工事を完成したのみであつて、その余の工事等の給付行為を完了していないことが明らかである。そうだとすると、被控訴人は、本件さく井工事を完成したからといつて、控訴人に対して、当然に本件契約代金中の、工事出来高に応じた金額としての本件さく井工事請負代金相当分の全額の支払を求め得るものではなく、被控訴人が昭和四七年七月二五日に支払を受けることになつていた金三五万円を超えては本件契約代金の支払を求めることができないものであることは一の(四)で説示したところによつて明らかである。

3  被控訴人は、被控訴人が本件契約に基づいてなすべき工事等の給付を完了していない原因たる事情に鑑み、右支払を求めることができる旨主張するが、前認定の事実関係によれば、被控訴人が本件さく井工事をしただけで、その余の工事等の給付をしないことにしたのは、控訴人による右給付の受領を拒んだことに因るものではなく、控訴人が本件さく井工事完成の段階における被控訴人の本件さく井工事費の清算支払請求の名における本件契約代金一部支払請求に応じなかつたことに因るものであることが明らかであり、それは、控訴人が本件契約代金中昭和四七年七月二五日に支払うべきものとされていた前記金三五万円の支払すら拒んだのに対して被控訴人が同時履行の抗弁権を行使したものとして、これを是認しうるのであるが、しかしながら、そうだからといつて当然に、被控訴人が控訴人に対して、本件契約代金中の、本件さく井工事請負代金相当分全額の支払を求めることができるということはできず、それによつて前段に示した判断を左右しなければならぬいわれはない。なお、被控訴人としては、被控訴人が、後日、現になしたように(後示(三)の判示参照)、控訴人が本件契約代金中の前記金三五万円を支払わないことを理由として、民法第五四一条に則つて本件契約の一部解除をなすことにより、控訴人に対して本件契約代金中の本件さく井工事請負代金相当分(但し(一)で判示の分をも含めて)の支払を求めることができたのであるから、ここに信義則とか衡平の原則とかの一般条項を援用して前段に示した判断をかえなければならぬ合理的理由はなにもない。

(三)  次に、被控訴人の、本件契約の一部解除を前提とする主張について検討する。

1 被控訴人が昭和四九年一一月九日頃控訴人に到達した内容証明郵便をもつて、本件さく井工事残代金一〇四万四〇〇〇円を同月三〇日までに支払うよう催告をなしたこと、右催告にかかる期限までに控訴人が支払をしなかつたことは当事者間に争いなく、被控訴人が昭和五〇年一一月六日午前一〇時の原審第六回口頭弁論期日において、本件契約を解除する旨の意思表示をなしたことは、本件訴訟手続内の出来事として記録上明らかである。

2 ところで、建物その他土地の工作物についての工事請負契約において、請負人が工事着工後、契約所定の方法による注文者の代金支払債務の不履行によつて契約を解除する場合、工事が全体としては未完成であつても、その工事の内容が可分であり、且つ当事者にとつて既に完成した部分だけでも給付を授受することについて利益を有するときは、既に完成した部分については解除をなし得ず、ただ未完成部分についてのみいわゆる契約の一部解除をなすことが許されるものと解するのが相当であり、右法理は、本件契約のような混合契約にも準用されるべきものであるところ、本件においては、前記認定の事実によれば、被控訴人がその請負工事を中止した昭和四九年八月初め頃には、本件さく井工事は既に完成しており、湧出する地下水には鉄分が含まれていたためそのままでは飲料用として使用することができなかつたものの、水量は豊富であるし、除鉄装置を設置して除鉄すれば飲料用として使用できるものであることが認められ、また、<証拠>によると、本件ポンプ納入・取付工事や本件圧力タンク納入は、後日他の業者によつてなすことも可能であることが認められ、本件さく井工事と本件ポンプ納入・取付工事と本件タンク納入はそれぞれ可分なものであることが明らかであるから、被控訴人としては前示契約解除の意思表示をした当時、若し解除原因が存したとすれば、本件契約のうち被控訴人がこれに基づく給付を未だ完了しない部分即ち本件契約の一部である本件ポンプ納入・取付工事と本件タンク納入を約した部分について契約を解除することができたものと解するのが相当である。

3 そこで、右催告ないし解除の意思表示がなされた当時、被控訴人に本件契約のうち本件ポンプ納入・取付工事及び本件タンク納入を約した部分を解除しうる原因があつたか否かについて検討する。

(1) 本件契約において、被控訴人がなすことを約した前記各工事及び物品の納入の時期については、昭和四九年七月一日に着工し、同年八月五日までに完成することが特約され、右契約代金二三〇万円の支払については、控訴人は、これを着工時に金三〇万円を支払い、残額は、同年七月二五日に金三五万円、同年八月から同年一二月まで毎月二五日限り金三三万円宛分割して支払う旨特約されていたことは、前記一の(二)の2に認定のとおりであり、被控訴人が同年七月一日頃に本件さく井工事に着工したことは前記二の(一)に認定のとおりである。

(2) ところで、控訴人が、本件契約代金中、前記着工時に支払うべきものとされていた金三〇万円を同年七月二四日に支払つたこと、本件契約代金中控訴人が同年七月二五日に支払うべきものとされていた金三五万円については控訴人は同日の経過とともに履行遅滞に陥つたものであること、本件契約代金中のその余のものについては、その支払方法についての前判示の特約があつても、被控訴人において本件契約によつてなすことを約した請負工事完成等の給付の全部を完了していないために、被控訴人は控訴人に対してその支払を求め得なかつたものであることは、いずれも前判示のとおりであるから、被控訴人が控訴人に対して前示の催告をした当時において、控訴人が履行遅滞に陥つていたのは昭和四九年七月二五日に支払うべきものとされていた金三五万円についてのみであつたといわなければならない。

(3) ところで、被控訴人のなした前示催告は、前示のとおり、控訴人の遅滞に陥つていた債務は金三五万円であるのに対し、控訴人の支払金額を金一〇四万四〇〇〇円であるとしてその支払を催告したものであつて、いわゆる過大催告に該当するが、かかる過大催告であつても、契約解除の前提として当然に無効なものではなく、債務者が支払義務ある債務額を提供したとした場合債権者がそれを受領したであろうと認められるような事情が存するときは、なお契約解除の前提たる催告として無効ではないと解するのを相当とする。これを本件についてみるに、被控訴人の前示催告は、控訴人の債務額金三五万円の約三倍であるが、原審証人村井良範の証言(第二回)及び弁論の全趣旨によれば、被控訴人が前記のごとく金一〇四万四〇〇〇円の支払を催告したのは、催告当時までに被控訴人が完成していた本件さく井工事請負代金に相当する部分の代金の支払請求ができるものと考えて一応その支払を求めたものであつて、控訴人から昭和四九年七月二五日に支払うものとされていた金三五万円だけでも提供を受ければこれを受取り、その余の部分の支払については、工事の進捗とも関連して後日協議して解決する意思をも持つていたものと推認しうるから、被控訴人のした右催告は、契約解除の前提たる催告として有効であるといわなければならない。

(4) 以上のとおりであるから、被控訴人が控訴人に対してなした前示解除の意思表示をした当時、被控訴人には本件契約のうち本件ポンプ納入・取付工事と本件タンク納入を約した部分を解除する原因が在つたものといわなければならない。

4 よつて前示解除の意思表示は、本件契約のうち右の部分のみを失効させる効力を有するものとして有効であつたというべきである。

5 前判示のとおりであるとすれば、本件契約のうち前記解除ののち有効に存続することになつたのは本件さく井工事請負部分のみであり、いわば本件契約即本件さく井工事請負契約となつたものというべきところ、被控訴人が遅くとも昭和四九年八月初め頃には本件さく井工事を完成したことは前判示のとおりであり、且つ本件さく井工事の請負は、工事を完成させれば足りるものであつて、目的物の引渡を要しないものであることは、既に説示のとおりである。

6 そうだとすれば、被控訴人は、前判示の本件契約の一部解除がなされると同時に、控訴人に対して、(一)で判示したもののほかに、これを加えて本件契約代金中の本件さく井工事請負代金相当分(本件契約によつて被控訴人がなすことを約した給付のうちの出来高の金額ともいうべきもの)に満つるまでの金額のものにつき、その履行期が到来したものとして、その支払を求め得ることになつたものというべきである。

7 そこで、本件契約代金中、本件さく井工事請負代金相当分はいかほどかについて案ずるに、まず、本件さく井工事は工程的には既に完成しているものであることは前判示のとおりである。ところで、<証拠>を総合すると、本件契約においては最終的に契約代金が金二三〇万円と合意されているが、右契約代金額決定の前提となつた被控訴人の費用見積によれば、その内訳はさく井工事費として金一〇八万三〇〇〇円、水中モーターポンプの代金として金五六万一〇〇〇円、ポンプ取付工事費として金三万円、圧力タンクの代金として金三六万五〇〇〇円、運搬費として金五万円(札幌市内から工事現場まで工事に必要な工具類、資材、取付器具、モーターポンプ、圧力タンク等の運送費用であつて、札幌市から工事現場までのキロ数を一〇〇キロとし、工事着工時にトラツク二台分、工事完了後の引揚げ時にトラツク二台分、工事の途中時にトラツク一台分、以上合計トラツク五台分とし、一台一万円として計上したものである。)、本件さく井工事と本件ポンプ納入・取付工事のための諸経費として金二九万一〇〇〇万円(工事の打ち合せに要する費用その他の事務経費、工事現場に行く従業員の交通費等であつて、さく井工事費金一〇八万三〇〇〇円とポンプ取付費金三万円の合計金一一一万三〇〇〇円の二六パーセントに当る金二八万九三八〇円に若干上積みして計上したものである。)、以上合計金二三八万円であり本件契約代金二三〇万円は右金二三八万円よりも金八万円だけ寡額に決められたものであることが認められ、右認定に反する証拠はない。

而して被控訴人の右見積金額、これを基礎として、本件契約代金を決定した前示の経緯及び<証拠>によれば、被控訴人が本件契約によつてなすことを約した給付のうちの出来高の金額ともいうべき本件契約代金中の本件さく井工事請負代金相当分としては、被控訴人の前示見積における、さく井工事費金一〇八万三〇〇〇円、本件さく井工事と本件ポンプ納入・取付工事の双方のための諸経費金二九万一〇〇〇円のうち、工事を実施しなかつた本件ポンプ納入・取付工事のための経費と認めるを相当とする金七八〇〇円(本件ポンプ納入・取付工事費金三万円に経費率二六パーセントを乗じた金額に当る。)を控除した残額金二八万三二〇〇円、工事用の機械、材料等の運搬費金五万円のうち、水中ポンプと圧力タンクを札幌から現場まで運搬に要する費用金五〇〇〇円(小型トラツク一台で一往復する費用に相当する。)を控除した残額金四万五〇〇〇円の合計金一四一万一二〇〇円から、前示見積費用等合計金額と本件契約代金額との差額である金八万円を控除(被控訴人は、本件契約締結後に、被控訴人が本件契約代金中の本件さく井工事請負代金相当分のうち金八万円の支払を免除したかの如く主張しているが、これを認めるべき証拠はない。)した残額金一三三万一二〇〇円を下ることはないものと認めるのが相当である。

8 右のとおりであるから、被控訴人は、前判示のとおり昭和五〇年一一月六日に本件契約の一部解除がなされると同時に、本件契約代金中の前示本件さく井工事請負代金相当分金一三三万一二〇〇円のうち、(一)で判示のもの(被控訴人が本件契約で請負つた工事着手と同時に、支払を受けるべき旨特約され、昭和四七年七月二四日に支払を受けた金三〇万円及び同年同月二五日に支払を受けるべき旨特約された金三五万円の計金六五万円)を控除した残金六八万一二〇〇円についてその履行期が到来したものとして、控訴人に対してその支払を求めることができることになつたものといわなければならず、昭和五〇年一一月六日の経過とともに控訴人は右支払につき履行遅滞に陥つたものといわざるを得ない。

五以上のとおりとすると、被控訴人が控訴人に対して、本件契約代金中、金一〇三万一二〇〇円及びこれに附帯の遅延損害金の支払を求める。被控訴人の主位的請求(当審での新たな請求を除く)は、控訴人に対して右金一〇三万一二〇〇円(四の(一)判示の金三五万円と四の(三)の8判示の金六八万一二〇〇円との合計金)及び内金三五万円については約定支払期日の経過した後であつて本件訴状が控訴人に送達になつた日の翌日である昭和四九年一二月一四日から、内金六八万一二〇〇円については本件契約につき前示の一部解除がなされた日の翌日である昭和五〇年一一月七日から各完済に至るまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるからこれを正当として認容すべきであるが、その余は失当としてこれを棄却すべきである。

第二当審における被控訴人の新たな請求について

一被控訴人は、本件契約で約束したとおり、本件ポンプ納入・取付工事をするため、昭和四九年七月下旬頃水中ポンプ一台を札幌市内の被控訴人会社の事務所から、沼田町の本件さく井工事現場に搬入したが、被控訴人は本件さく井工事を完成した頃の同年八月上旬頃、右水中ポンプをそのさく井した井戸に取付けずに札幌市内の被控訴人会社の事務所に持ち帰つたこと、被控訴人が右水中ポンプを右井戸に取付けなかつたのは、右井戸から飲料に適する水が湧出しなかつたことに端を発して、控訴人が被控訴人の本件さく井工事完成の段階における右工事費の清算支払請求に対して、全く応じようとしなかつたことに因つたものであり、それは控訴人が本件契約において昭和四九年七月二五日に支払うべきものとされていた本件契約代金中の金三五万円の支払をも拒んだことに対する被控訴人の同時履行の抗弁権行使として是認しうるものであることは、第一の四の(二)で判示のとおりであるが、<証拠>によれば、被控訴人が、右水中ポンプを右のように現場から引揚げたのは、工事現場に右物件を放置しておくと散逸、損傷する虞れがあつたためでもあつたことが認められ、また<証拠>によれば、被控訴人が右水中ポンプの工事現場への搬入及び工事現場からの引揚げに要した運搬費用は少く見積つても小型トラツク一台の往復に要する費用に相当する金五〇〇〇円(搬入、引揚各金二五〇〇円)を下らないものであることが認められる。その後被控訴人が昭和五〇年一一月六日本件契約のうち本件さく井工事を約した部分を除くその余の部分を有効に解除したものであることは、前判示のとおりである。

二ところで、本件契約のように非継続的性質の給付を目的とする契約の当事者の一方が解除権の行使によつて契約を解除したときは、当事者間に存在した契約関係は当初に遡つて消滅するのが本則であるが、契約が解除されたときであつても、債権者は、民法五四五条三項の規定により、債務者の債務不履行によつて既に生じ、または解除そのものによつて生じた損害を債務者に賠償請求することができる。そして、その場合も損害賠償請求をなしうる損害の範囲は、民法四一六条の規定によつて定まるべきものであることはいうまでもない。

そこで、以上の観点に立つて本件をみるに、被控訴人が前記水中ポンプを札幌市内から沼田町まで運搬するに要した費用は、本件契約によつて被控訴人がなすことを約した本件ポンプの納入・取付工事を完成すべき債務を履行するために支出した費用であつて、これは控訴人と被控訴人との間の本の本件契約関係が完全に履行され解除されることはないであろうとの信頼のもとに被控訴人がその債務を履行するために支出した費用であるから、前叙のとおり控訴人の債務不履行に因つて本件契約中の、被控訴人が本件ポンプ納入・取付工事を約した部分が解除され、右物件の運搬が無用のものであつたことに帰した以上、右費用は、ひつきよう、控訴人の債務不履行に因つて生じた損害であるというべきである。また、被控訴人が前記水中ポンプをそのさく井した前記井戸に取付ける工事をしなかつたのは、控訴人が本件契約代金中昭和四九年七月二五日に支払うべきものとされていた前記金三五万円すら支払をしなかつたことに因るものということができるし、また右物件の散逸、損傷を防止するためにこれを沼田町の工事現場から札幌市内の被控訴人会社事務所まで引揚げたのは、本件の如き工事の請負人として、また右物件の所有者として、執らざるを得なかつた止むを得ない措置であつたと認めるを相当とするから、それは、ひつきよう、控訴人が本件契約代金中の前記金三五万円の支払債務を履行しなかつたことに因るものというべきであり、したがつて、被控訴人が前記水中ポンプ引揚げに要した運搬費用も亦、控訴人の前示代金支払債務不履行に因つて支出を余儀なくされたものというべく、被控訴人は、控訴人の前示代金債務不履行に因り、前記水中ポンプ引揚げのための運搬費用相当の損害を被つたといわざるを得ない。

三そうだとすると控訴人は、被控訴人に対して、被控訴人が前記水中ポンプの工事現場搬入及び工事現場からの引揚げのための運搬費用として前示のとおり金五〇〇〇円を支出したことに因つて被つた同額の損害を賠償すべき義務があるものというべきである。

なお、債務不履行による損害賠償債務は、その発生と同時に弁済期が到来するものではなく、債務者が履行の請求を受けた時から遅滞の責を負うべきものと解するのが相当である。而して、被控訴人が控訴人に対して前示損害賠償の請求をしたのは、昭和五一年一二月一三日午後一時の、本件当審における第五回口頭弁論期日においてであることは、本件訴訟の経過上明らかであるが、右請求により被控訴人は、控訴人に対して前示損害賠償請求債権の支払催告をしたものと認めることができる。

四以上のとおりとすると、被控訴人の当審での新たな右損害賠償の請求は、控訴人に対して、前記損害金五〇〇〇円及びこれに対するその支払催告がなされた日の翌日である昭和五一年一二月一四日から完済に至るまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるからこれを認容するが、その余は失当であるからこれを棄却することとする。

第三結論

一以上のとおりであるから、原判決中の控訴人敗訴部分(原判決主文一項)は、控訴人が被控訴人に対して、金七八万三〇〇〇円及び内金三五万円につき昭和四九年一二月一四日から内金四三万三〇〇〇円に対する昭和五〇年一一月七日から各完済に至るまで年六分の割合による金員を支払うべく命じた部分は当裁判所の前示第一の五の判断と矛盾しないものとして相当であるが、内金四三万三〇〇〇円に対する昭和四七年一二月一四日から昭和五〇年一一月六日までの年六分の割合による金員の支払を命じた部分は当裁判所の前示第一の五の判断と抵触し失当である。

よつて控訴人の本件控訴中、原判決の右相当部分に対する部分は民訴法第三八四条一項に則つてこれを棄却し、原判決の右失当部分に対する部分は理由があるので、同法第三八六条に則つて右失当部分を取消したうえ、被控訴人の右取消にかかる、本件契約代金内金の遅延損害金請求部分はこれを棄却すべきものとする。

二被控訴人の本件附帯控訴の趣旨1は、要するに、原判決中、被控訴人敗訴の部分(原判決主文二項、但し当審における請求減縮後のものをいうものとし、以下同様とする。)を取消し、右取消にかかる本件契約代金請求部分及びこれに附帯の遅延損害金請求を認容すべく求める趣旨のものであることは、被控訴人の弁論の全趣旨によつて明らかであるが、原判決中の被控訴人敗訴部分(原判決主文二項)は、被控訴人の控訴人に対する本件契約代金中金二四万八二〇〇円及びこれに対する昭和五〇年一一月七日から完済に至るまで年六分の割合による遅延損害金の支払請求を棄却したものとしては、当裁判所の前示第一の五の判断と牴触し失当であるが、右金二四万八二〇〇円に対する昭和四九年一二月一四日から昭和五〇年一一月六日までの年六分の割合による遅延損害金の支払請求を棄却したものとしては、当裁判所の前示第一の五の判断と一致し相当である。

よつて被控訴人の本件附帯控訴中、原判決の右失当部分に対する部分は理由があるので、同法第三七四条、第三八六条に則つて右失当部分を取消したうえ、前示第一の判断に従い控訴人は被控訴人に対して原判決主文一項で支払を命じられたもの(但し控訴人の本件控訴によつて取消された部分を除く)の他に、さらに金二四万八二〇〇円及びこれに対する昭和五〇年一一月七日から完済に至るまで年六分の割合による金員の支払をなすべき旨を命ずることにし、被控訴人の本件附帯控訴中、原判決の右相当部分に対する部分は同法第三七四条、第三八四条一項に則つてこれを棄却することにする。

三右一及び二の判断をすべて、一括して同時に示す趣旨において、原判決を、主文一項(一)、(二)のとおり変更し、被控訴人の附帯控訴2による当審での新たな請求については、第二の四に判示のとおり、その一部を認容し、その余を棄却することにし、訴訟費用の負担については、同法九六条、九二条但書を、仮執行の宣言について同法一九六条一、四項をそれぞれ適用する。

よつて主文のとおり判決する。

(宮崎富哉 塩崎勤 村田達生)

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